―― 山形 ――

まんだら 覚醒への
タイム トラベル


――――――――

またまた驚きの事実がわかりました!!
それは、東北地方と九州地方の一部に残っている「霊をよぶ人たち(オナカマ)」の霊場・霊地が、わたしたちのワーク センターの近くにありました。
なおかつ、強力な生命エネルギーを呼び込み、増幅放射する「金」とすべての邪(マイナスエネルギー)を浄化(殺菌・浄化など)する「銅」の鉱山でもあり、湧き水をとおして私たちに健康と幸福を与えてくださっていたところでした。

ならば、なんとかその大自然の強力なエネルギーを

自然環境をこわすことなくそのまま、
わたしたち個人個人にもその恩恵をさずかる方法はないのであろうかと、考えて、考えて以下の結果を出してみました。そう考えたのは、「現代社会の自然環境は破壊され、心の荒廃は人類の危機」とまで言われているからなのです。
こうすることによって、このことは波動的に有効であることがわかりました。


現代は、科学や医学の発達を過信して、人間が、おそれの心を忘れつつある時代になっています。当然、その発達のなかに取り込まれなければならなかったはずの、自然と人間との心のかかわり合い、人間と人間との心のからみ合いといったものの大切さを、あまりにも簡単に捨て去ってしまったから、と思っております。
しかし、その結果 環境破壊や医学界では、「諸刃のヤイバ」と言われている現象が巷では恐れられています。
だからこそ、

シャーマニズムを波動的に現代化する
ときだと感じたのでした。


代表 岡崎 孝徳


Ⅰ.
菱形まんだらの地


波動写真と波動CD


Ⅱ.
“オナカマ”の修験・霊場(覚醒)の地


波動写真と波動CD






オナカマとは


“オナカマ”とは、「仲間」のことではないのです。
神や仏の霊をよぶふしぎな力をもっているばあちゃんたちを山形盆地に住んでいる人たちはこう呼んでいるのです。
みなさんが知っておられる青森県下北半島にある恐山にあつまって、亡くなった人たちの霊をよんで、話をすることができるという、あの“イタコ”というおばあちゃんたちと同じなのです。これらのオナカマたちは、山形県の内陸地方である山形盆地の各村々に住んでいて、村人たちのなくてはならない相談相手だったのです。
地方によっては、口寄せ巫女を「オナカマ」・「ワカ」・「ミコ(山形県庄内地方)」などとよばれています。
このような方々は、村に住みつき、村人の相談に応じて身の上を占ったり、運勢を探ったり、さらに神や仏と交信し、その意志までも語り伝えることができる口寄せ巫女オナカマ。 山形県村山地方のオナカマは、すべて盲目の女性でした。
全盲か、あるいはほんのすこし光が見える人もいますが、ほとんど、ごく幼い時期に失明しています。
オナカマのふしぎな口寄せの術は、こうした盲人だけがもつことのできる鋭い勘が土台になっているそうです。
そしてさらに修行によって練り上げられ、ふつうの人には想像もできないほど研ぎ澄まされた神経と感覚を身につけるようになったのです。それに加えて、修行のなかで、師匠から教えられたり、商売をつづけるうちに何度も体験したりして人間の悩みや苦しみ、つまり人生というものを、事実に即して豊富に知りつくしているのです。
そうした中で、オナカマたちは、相談相手にたいしてきちんとした常識的な解決の方向づけをしてやる知恵と判断力を身につけてきたのです。
また、経験を積んだオナカマは、自分の精神状態を自由にコントロールすることができ、いつもただちに催眠術にかかったような夢遊の状態に入ることができる、ということなのです。
きびしい修行によって、ほんとうに神仏の霊が自分の体に入りこむと信じているオナカマは、夢遊の状態においても、ひとりでに霊になりきった動作をおこなうようになるものです。つまり、無意識のうちに、神の場合は神となり、仏の場合は仏となりきってしまうようです。そして、その神がかりの演技を見た人たちはまた、それを信じこむのです。
このようにして、心や体の治療のためにおこなわれる、呪術性の高い形をしたイラタカの数珠やアズサユミ・トドサマを用いておごそかな口寄せの儀式は、大きな精神療法としての働きをもつことになるのです。
まさに、現代で言う「心身の病は精神・意識から」を実践していたのですね。
オナカマたちのような神や仏をよび出すふしぎな世界を「シャーマニズム」といいますが、現代社会におけるシャーマニズムの世界のあたらしい意味づけが必要なときが来たように私は思えます。



ちょっと気になるお話


古代エジプトのシャーマンは、暗い部屋のなかで、病人の患部を手にからませておいた蛇の舌でなめさせることによって治療をおこなっていました。 
ギリシャの最古の医神「アスクレピオス」も蛇の絡んだ杖を持っていたとの事実があります。
また、旧ソ連にもこれと類した話があります。山形市内のあるデパートで、北シベリアを中心にした草原地帯から発掘されたシルクロード関係の遺物を展示してあるものの一部に、南北シベリア地方のシャーマニズムの資料も展示されていた道具が、数限りなく共通していたことに驚くばかりです。
その中で、オナカマのトドサマによく似た、木の棒の先に布をむすびつけたオンゴン霊は、棒の先にからみついた蛇であると考えられると説明していました。
そして、オナカマやイタコなど、東北地方口寄せ巫女も、蛇にみたてた「オシラサマ」や「トドサマ」を患部に触れることによって、病人の治療をおこなっていたといいます。

遠く離れたエジプトの蛇と、ギリシャの蛇、南シベリアのオンゴン霊と、東北地方のオシラサマやトドサマ。この四つを結びつけて考えることは、あまりにも飛躍過ぎるかもしれません。
しかし、このことによって各国のシャーマンたちには、なんらかの共振・共鳴のような結びつきがあるのでは、との話もあるのです。
最後に「ヒーリングや医術を意味する紋章」までが蛇を象徴しているのです。


トドサマ
(2体で1組)


トドサマのゴシンを調べると、布切れの下には和紙がまかれていた。


【ヒーリングや医術を意味する紋章】




オナカマの本山
お月山霊場

 つ き や ま

昔、岩谷十八夜観音堂内で、神つけというオナカマになるための儀式や道具の授与などもおこなわれました。 祭典の日だけにかぎらず、オナカマたちは、よく参拝におとずれています。
このように、オナカマたちと岩谷十八夜観音とのつながりは、その本山といってもよいほど深いきずなで結ばれています。
では、月山(つきやま)と岩谷の関係とは、いかなるものでしょうか。
「月山(がっさん)に籠(こ)もった」と言えば、いわゆる出羽三山である月山・羽黒山・湯殿山のうちの月山に登ってお籠もりをしたということになるでしょう。しかし、この話は、鎌倉時代のことなのです。 そのころは、出羽三山は、きびしい女人禁制の山で女性であれば、お籠もりをすることなどは、とうていできません。
そこで、月山がよく望めるところに、女人月山とでもいうべき、女の人たちの登る霊場がつくられたのでしょう。
もしそうだとすると「月山」と「岩谷」は、どう結びつくのでしょうか。
岩谷への登り口、柳沢の北隣りに、土橋という集落があります。 ここは、古い歴史を秘めているところで、黒曜石のナイフ型旧石器が見つかったり、鎌倉時代と推定される経塚(きょうづか)が、偶然発見され、朱で書かれた経文のはいった経筒が出土したりしています。
ここはまた、月山神社があります。これは、「月山」と書いて「つきやま」と読み、岩谷十八夜観音堂の拝殿に似た阿弥陀堂造りの様式をとどめています。
この月山神社には、大きな霊場の名残りをとどめています。




月山神社



また、月山神社のわき水に目をひたすと、ふしぎなことに、まるできりが晴れるようにあたりが見えてくるとも言われています。
そして、この月山神社の裏手に、切り通しがあり、そこをくぐりぬけ、寺場(てらば)というところを通って、はるばると岩谷にいたる一本道の古道があることが確認されています。
このように、「お月山」と「岩谷」は、ひとまとまりの霊場であるといわれています。
月山神社は、十八夜観音をお参りするための社(やしろ)として、その参道の入り口に立っていたのです。







岩谷十八夜観音堂


山間の過疎部落、中山町岩谷の十八夜観音堂は、昔から目の神様として栄えたところです。観音堂の縁起には、飛鳥時代に開基されたそうです。
遠い昔、おそらく、平安時代の終わりごろは、観音堂の南西約1kmの高峰山頂近くの「奥の院の洞穴」は、尊い坊さんがお籠(こ)もりをする修行の場であろうといわれています。
こうした坊さんたちは、霊力を得るために、木食(穀物を断ち、木の実をたべること)をし、水ごりをとって、100日間の行をしたところともいわれています。




岩谷十八夜観音庶民信仰資料
  ↓
国の重要有形民俗文化財に指定



中山町立歴史民俗資料館に保管されています。












写真のエネルギーに色がついているわけは?


ここで、月山神社・岩谷十八夜観音堂の写真にはたくさんのエネルギーが存在していることがわかりますが、どのような意味があるのでしょうか?

私は本当に謎だと思ったのです。 でも、そこには何かあるはず ・・ と思い何度も写真を見ているうちに、あることに気づきました。  まず、写真を見て下さい。





中山町 資料館内に展示されている「オナカマたちが使用していた道具」です。





中山町 資料館内に展示されている「説明文」です。





岩谷十八夜観音祭りのときに山伏が使用していた矢の色を見て下さい。

そして、もう一度 月山神社と岩谷十八夜観音堂の写真のエネルギーの色を見て下さい。

また、五色のボンデンを見てみますと、それぞれの色に共鳴する如来さんが示されています。



釈迦如来
仏法を悟り、教え広めた「仏陀(ブッダ)」。


阿弥陀如来
難行苦行の末に西方浄土を開く。(白色)


大日如来
マンダラの中軸をなす宇宙最高の仏


宝勝如来
むさぼりから生ずる悪い行いをすて、自己に対して清らかな心、他に対しては思いやりの心をよみがえらせる仏。その結果、富と幸福が与えられる。


薬師如来
いっさいの病者を救済する大医王仏



このことをもとに、リーディングをして私なりに解釈してみました。

「月山神社・岩谷十八夜観音堂には、オナカマたちのいつも変わらぬ慈悲や愛の霊魂と釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来・宝勝如来・薬師如来さんたちのエネルギーが、あつまっている場所 または、 オナカマさんや如来さんたちとつながっている場所」

なのだということがわかったのです。そして、オナカマさんたちや修験者たちは、この如来さんたちを呼び込む道具として五色のボンデンを使用していたのでしょう。
ここの「場所」において自分のイメージ力がアップすればタイムスリップを促されて、自己覚醒しやすい状態に入ることができるかもね。 たのしみです。
だとすれば、この修験の場を与えてくれたということは、わたしたちはさらに生まれ変わって大きく成長し、従来の手法とこの「場所」から得られた手法を統合させて、問題を抱えて苦しんでいる方々にいくらかでも救済・再興・治癒などが具現化されるのではないかと考えたのです。
これが大岡波動研究所、ヒーリング・Mana・Kahunaの使命とする新たな旅立ちとなることと確信いたしました。



五大如来さんたちや不動明王・金剛力士さんたちの与願・施無畏力を授けるには、特定の場所で印を組み、真言を唱える必要があります。  ご指導させていただきます。



大岡波動研究所
ヒーリング
Mana・Kahuna
代表 岡崎孝徳






オナカマとエナジー・アーティストの比較表


《オナカマ》
霊をよぶ人たち


自分の精神状態を自由にコントロールし、すみやかに、夢遊の状態に入り、その状態のなかで、神や仏の霊がやってきて、自分の体に入り込んだと信じ、無意識的に、それになりきった行為をすることです。

《エナジー・アーティスト》
大岡波動研究所の修了者


変性意識状態にし、意識を目標に合わせ(共振)て、神や仏・未成仏霊などとの会話をし、クライアントにお伝えしたり、エネルギーを使って修正・浄化などを行い、現在の苦しみや悲しみなどを解除します。
場合によっては、邪魔なものとの闘いもあります。

また、幽体離脱をして時空を越えて目的地などに行って施すこともあります。

サイキック能力、サイコメトリーなども使います。


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《使用する道具・テクニック》

《オナカマ》
トドサマ
(仏神おろし・病気治療用)


《エナジー・アーティスト》
O-リングテスト

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《オナカマ》
数珠
(じゅず・祈祷用)


《エナジー・アーティスト》
三脈法

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《オナカマ》
剣(つるぎ)

《エナジー・アーティスト》
L字ロット

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《オナカマ》
鏡(かがみ)

《エナジー・アーティスト》
フーチ・ペンジュラム

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《オナカマ》
祈祷札(おふだ)

《エナジー・アーティスト》
神光法

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《オナカマ》
筮竹・算木
(ぜいちく・さんぎ
占い用)


《エナジー・アーティスト》
神手法

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《オナカマ》
梓弓
(あずさゆみ・霊をよぶ)


《エナジー・アーティスト》
その他
神々から授かりしもの


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《どんなことをするの》

《オナカマ》
神おろし
(仏神様をよぶことができる)


《エナジー・アーティスト》

常に神々と仏神との交信ができる。


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《オナカマ》
仏おろし
(亡くなった人の霊をよぶことができる)


《エナジー・アーティスト》
先祖霊・未成仏霊・動物霊・妖怪・魔物などとの交信ができる。

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《オナカマ》
人間にとりついた悪い霊を追い出す(除霊)

《エナジー・アーティスト》
人間にとり憑いた悪い霊や悪魔を浄霊・祓魔祓などをおこなう。

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《オナカマ》
病気治療

《エナジー・アーティスト》
クライアントさんの心身の浄化 ・健康を高めるためのヒーリンリングをおこなう。

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《オナカマ》
占いをする

《エナジー・アーティスト》
クライアントの生涯の運気を占う。

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《オナカマ》
祈祷をする


《エナジー・アーティスト》
邪魔なものや障害になっているものすべてを浄化などをおこなう。

願望実現のための遠隔転写などをおこなう。

幽体離脱を使って、前世・クライアントの幼少の時代・他の惑星などなどに対処するためにエナジーなどを使う。

その他クライアントさんが苦しんでいる・悲しんでいることの解消のためにサイキック能力を使う。




この「オナカマ」と同じような口寄せ巫女たちは、
現在では、東北地方と沖縄県にしか存在していません。







岩谷十八夜観音は第三の眼を開眼する仏神か


ある日、瞑想による体外離脱によって岩谷十八夜観音堂に行きました。ちょうど8月18日の祭典もあることだし、と思ってのことです。
お堂周辺を歩いていると、どこからともなく「第三の眼・第三の眼・第三の眼」と聞こえてきました。
「…… 第三の眼 ?」と頭の中をかけずっていたら、あることに気づき、「ちょっと 待ってよ!」「これって、もしかして」と心で叫んだら、神々たちもニコッと笑顔です。
これは、わたしだけの推論かもしれませんが、この岩谷十八夜観音は目の神様として栄えたところです。
オナカマたちは、この岩谷十八夜観音を本山として修験・参詣していました。では、何のため? オナカマたちは、幼少のころに失明しています。山形県村山地方のオナカマは、すべて盲目の女性でした。 なのになぜ目の神様に?
もし、失明した目が治ったならば、わざわざオナカマになる必要はないはずです。では、なぜ岩谷十八夜観音をオナカマたちは修行の場としたのでしょうか。 また、奥の院には、崇高なお坊さんが100日間の修行を行ったと言います。仏の道を習得したお坊さんたちがなぜ「この場所」に集まるのだろうか?

ここで「第三の眼を開くため」といえば納得です。すでに失明した女性たちは心の目・第三の眼を開くため、そしてますます見えるようになるため、だとしたら納得するのです。
なおかつ、十八夜は月の欠けが半分という意味です。これは、人間にたとえると半眼です。
瞑想・透視・時空間を超えるなどのときは、すべて半眼(変性意識状態の時)になっています。

もし、盲目が治らなければ、仏神のお神力で第三の眼を開眼させていただき、第三の眼(心の目とも言われている)ですべてを見れば最良であり、その能力が持続するよう願いを兼ねていたのだと考えていたからではないのか。 そのためには、一定の修行と自己覚醒が必要でしょうが。こんなことが理由の一部にあるならば、眼の神様である岩谷十八夜観音がオナカマたちの本山になっているのがよく理解できます。



そして、『聖水や本山のエネルギーを人体のある三箇所にしみこませることが大事だ』と教えていただきました。





第三の眼については事実のようです。 後日、中山町立 歴史民俗資料館で拝見させてもらったうちの資料の中に、第三の眼の開眼を祈願する「絵馬」がありました。



第三の眼の正体


神秘学や超能力の世界で語られる「第三の眼」――――。
その神秘の器官を、今もなお持つ生物がいた! しかもそれは、わたしたちヒトの脳内でも、いまだに生きつづけているという。



伝説に包まれた脳内器官・松果体

「松果体」という、脳内の内分泌器官をご存じでしょうか。
普通に日常生活を送っている限り、ほとんどの人はそんな器官と一生かかわり合いを持つことはないでしょう。
松果体とは、脳の一番奥、間脳と呼ばれる部分から後ろ上方に突き出た小さな器官です。長さは12ミリ、重さは170ミリグラム程度です。表面にでこぼこがあり、形が松ぼっくりに似ているのでこのように名付けられました。
奇妙なのは、脳の一部でありながら、この器官には神経細胞が含まれていないということです。ほとんどが「松果体細胞」と呼ばれる特殊な細胞でできており、これにごくわずかのグリア細胞という細胞が混ざっています。
松果体は、古くから存在が知られていましたが、機能についてはまったく不明とされ、そこからさまざまな憶測もなされてきました。
松果体はあらゆる脊椎動物の脳に広くいきわたっていることがわかってきました。また「自我」レベルのものならば、これもかなりの高等哺乳類が持つらしいのです。
一方、精神世界に詳しい人なら、松果体で最初に思い浮かぶのは、いわゆる「第三の眼」の本体であり、人間に本来備わっていたさまざまな超能力をつかさどる器官であるという説でしょう。
ネット検索してみると、
―――

古代インドの哲学では、人体の正中線にそって7つの「チャクラ」と呼ばれる「氣」ないし「エネルギー」の集中するポイントがあり、なかでもとりわけ重要なのが額の中央、松果体の位置にあるチャクラです。 松果体は宇宙のエネルギーを受信し、予知や透視能力、体外離脱などの超能力をつかさどる器官であり、多くの仏の額に描かれている「第三の眼」もまさしく松果体の象徴にほかなりません。
この器官本来の能力を衰退させて久しい現代人でも、訓練しだいではそれを強化し、再び開くことができるとされています。

―――



ヒトの脳の断面図と松果体の位置。
脳のもっとも置くの部分に引っ込んでおり、しかも外部環境との連絡方法ももっていない。それゆえ、この器官の役割については長い間、謎とされてきた。





壮大な十八夜の道


オナカマ本山的存在として心を寄せた岩谷十八夜観音の十八夜とは、どういう意味をもっているのかと考えました。
十八夜信仰とは、昔からおこなわれてきた月待(つきまち)の行事のようです。
現在も、豆名月とか芋名月といって、秋の十五夜の満月の出を待ち、芋や豆、それにススキなどの秋の草花を供えて祭る年中行事がつたえられていますが、これは、昔の月待の名残りなのです。昔は、七夜待といって、月待の夜は七晩ありました。
天台宗の寺では『七夜待之大事』という、修験道の作法を書いた古い書物がつたえられています。
それには、七夜待は、十七夜から二十三夜までとあり、それぞれの夜の月に見合う観音が定められてあります。

十 七 夜
千手観音

十 八 夜
十八夜正観音

十 九 夜
馬頭観音

二 十 夜
十一面観音

二十一夜
准てい観音

二十二夜
如意輪観音

二十三夜
勢至観音

そのほかの月待には、庚申待(こうしんまち)と二十六夜があったと書いてあります。庚申の仏は、青面金剛(しょうめんこんごう)であり、二十六夜の仏は、愛染明王(あいせんみょうおう)です。
十五夜の満月は、日がたつにつれて欠けてゆき、十八夜の月は、夜10時ころ、東の山から半分欠けたような形になって登ります。その形が、まるで観音様のようにありがたく見える。というのです。二十六夜の月になると、まるで三日月のように細長くなって、明け方ちかく、東の山から立って昇ってくるが、その月の形があまりにも細長いため、かげろうのようにゆらめいて見えます。それを、このあたりの人たちは、ちょうどろうそくのように見えるので、「燈明仏(とうみょうぶつ)」といって珍重します。そしてこの月は、明けの明星とよばれる金星とならんで出てくるので、そのありさまが、三尊仏のようだといわれています。




山形盆地の中央部には、十八夜講もさかんだったらしく、十八夜塔がとても多いようです。岩谷観音に参詣(さんけい)した人たちに、十八夜講に結集する人たちが多かったことは、講中単位の祈願札のあることでわかります。 近くの山形市江俣に「十八夜塔」が小さなお堂の中にあり、大切に祭られてあります。享保(きょうほう)六年に建立されたものだそうです。




では、十八夜観音の「18」と1+8=「9」の数霊的には、どのような意味があるのでしょうか。



参考文献は『数霊力で臨む未来を選びとる』で
著者は、はせくらみゆき先生・深田剛史先生です。



まず、日本古来の秘法でいう{18}という意味は

<形霊>
<キーワード>
空間・虚空・津・水・根気・素因・恩師・シオン

<意味>
18は水と緑の深い地球の呼吸数です。私たちの体も地球も多くの水を含んでいます。そのことに想いをはせながら、根気よく内なるものと外なるものを浄化していきましょう。
身削げば身削ぐほど磨かれ、研ぎ澄まされます。変容する地球のリズムに意識を合わせ、体と大地を一体化させてみましょう。

<マントラ>
内なる泉 温もりて 湧き出る根の気 虚空を照らす




つぎに{9}という意味は

<形霊>
<キーワード>
3方陣は1~9までの数で成り立ち、もっとも簡素化されたマンダラである。3方陣を発展させた9方陣は1~81(光)までの数でミロクの世を表しており、その素になるのが9です。9は社会や国家をまとめるための豊かさと教養を示す数。また9は龍神と深い縁を持つ。

<意味>
三六九の世の橋渡しとなる数霊。一の位での最高数を示すため、1~8までのすべての要素を内包し、完成へと向けての完結を示す。

<マントラ>
自(おの)ずから 凝(かたま)り始めし 自疑(おのころ)島 天(あめ)の浮き橋 渡るは今




では、カタカムナ数霊での{18}の意味は

感じる心を持った生命、という意味です。命と心が発生します。人間は何かを感じたとき、まず最初に「ア」という音を出します。トーラス循環の始まりで、「数霊18」が命のサインです。
そして1桁化すると「9=球」となります。




では、{9}の意味は

テの「発信・放射」とは、何らかの情報を意図を持って出すことです。発信なので、受信者がどこかにいることになります。そして受信されれば、また返信が返ってくる可能性があります。
濁音の「デ」は、外に軌道を作って、その中に発信・放射することです。電車、電子、電話など、デがつくものは、線路や、軌道、回線を作ってその中で発信・放射していますね。





次に地番ではどうでしょうか。
十八夜の住所は
東村山郡中山町金沢岩谷1105です。


「1」と「5」と1+1+5=「7」の数霊になります。

まず、日本古来の秘法でいう{1}という意味は

<形霊>
<キーワード>
ヒ・フ・ミのヒは「火」であり「霊」。ヒト・フタ・ミのヒト「人」であり「霊止」。 「霊止」は玉し霊が肉体に宿った状態であり、その玉し霊こそが神(大自然)からの分けミタマ。まずは自分の存在が宇宙に在ることからすべては始まる。唯一無二の存在として。

<意味>
物事の始まりを示す数霊。原初の響き。霊(ヒ)・陽(ヒ)とも書き、存在の本質は霊(ひ)からできていることを表している。

<マントラ>
何事も 始めの一歩が 肝心ぞ 一より出でて 一へと還る



つぎに{5}という意味は

<形霊>
<キーワード>
桜や梅の花びらは5枚。ヒトデの姿やオクラのかたちは五角形で、梨の種は5つ、5は大自然そのものを表す数であり、3方陣の真ん中にあるように中心を示す数。
キーワードには“緑・円” “阿吽(あうん)” “王”など。

<意味>
大自然・宇宙の意志を表す数霊で縦のハタラキを示し、変化をもたらすと同時に中心性を表す。 日、霊、陽から生まれた生命の息吹を感受して神意と共に生きる様を示している。

<マントラ>
熱き血潮(ちしお)の 意の血(イノチ)あれ 神の映し世 ここにあれ



では、{7}の意味は

<形霊>
<キーワード>
ドレミファソラシ、日月火水木金土、古代七大金属のように、人は古くから7をひと区切りすることにりようした。七大不思議もその一つ。 したがって7は“ひと揃いした” “一巡した”ことを表す性質です。 そのハタラキとしては“循環”。

<意味>
物事が段階を追って成就し、一体となった様を示す数霊。七福神、虹の七色、七つのチャクラのように一つにまとまって完成形を表している。 と同時に、一つの完了は次の大いなる飛躍を意味する神秘的でパワフルな数霊力を持つ。

<マントラ>
生まれたるは 日の本(ひのもと)に 鈴振り 鳴るぞ 生して 成せ




では、カタカムナ数霊での{1}の意味は

根源から出る・根源へと入る

カタカムナの48は、次元数1の「ヒ」から始まっています。 これは、すべてがヒ=1次元のヒモであることを示唆しています。 宇宙はヒモからできているという「超ヒモ理論」と同じかもしれません。 ヒモが描いたトーラスの内か外のどちらにいるかで、「根源から出る」か、「根源へと入る」かが決まります。 普通、最初は根源から始まるので、優勢なのは、「根源から出る」のほうですが、トーラスとは永遠循環する装置、また必ず入っていくので、たとえどちらを使っても間違いにはなりません。


では、カタカムナ数霊での{5}の意味は


伝わるモノ・陰

「イ=伝わるもの・陰」とは、振動し、回転し、移動する光である陽(ヨ)のトキのエネルギーがその動きの中で作り出す空間のことです。
陽は、激しく動く光ですが、光も実は宇宙の膜(アマ)から離れることができません。膜の上を振動しながら滑っていくだけですが、その動きが、宇宙の膜を押し広げ空間を作り出します。 その押し広げられた膜で覆われた空間を「伝わるもの」あるいは「陰」と呼び、これは実際に現象化した粒子となります。 しかしこの段階では、まだ核を持つ原子ではありません。その前段階です。この膜で覆われた陽のエネルギー空間を、カタカムナでは「トコロ」と呼びます。 陽のエネルギーのトキと、このトコロのペアーを時空間と呼び、陰陽と呼んですべての物質・生命体の元であるとみます。
実はこの空間である陰が本当の神だとカタカムナで言っているのです。 すべては素粒子から宇宙まで、相似る形(相似象)なので、人間もひとつの時空間(陰陽)ととらえることができます。 空間とはエネルギーを入れる容れ物のことですが、人間の生命エネルギーの容れ物は肉体です。
肉体は命がなくなると滅びてゆくので、生命エネルギー(陽)が作り出した陰(かげ)と言えるのですが、しかしこの陰が、命の循環を作り出すトーラスの本体になっているのです。 肉体があるから、陽の生命エネルギーは循環するのです。
そして、その陽の命の動脈を伝えているものがこの膜で覆われた容れ物、つまり身体なのです。 身体(物質)は陰なので一瞬一瞬、減んでいきますね。カタカムナではこの「減びゆく身体こそ神」とみています。
……だから必ず失う「今」という一瞬に生きなさい! というのです。
「5=イ=身体」こそ、人間が持ちえたかけがえのない「神」。
日本人の命に対する優しさは、この考え方が基本となっているのだと思います。




では、カタカムナ数霊での{7}の意味は


調和

統合する中心部分は調和の空間になっています。 調和とは、2つ以上のものが、ひとつとして機能することを表しています。 この2つのものとは陰と陽のことで、調和とは統合したものが、ひとつとなり抵抗をなくすこと……つまりつながってエネルギーがよどみなく流れ出すことです。



以上で解りますように、人間にはなくてはならない霊場であり、発信の場所でもあるようです。
わたしたちもさらに努力をして超覚醒が実現化するよう心がけてまいります。




【十八夜観音堂の湧き水】



十八夜観音堂の敷地内に湧き水がありましたので、ペットボトルに入れて持ち帰りました。
翌日にペットボトルを見るとペットボトルには無数の気泡がみられます。 おどろきです。
湧き水で気泡を見たのは初めてです。






十八夜観音と霊場のお役目は


数霊を何度もなんども読んでいるうちに、ハッと気づきました。このような場所(人里離れた奥地)をなぜオナカマたちの信仰の場として選んだのでしょうか。
それを頭に入れながら、数霊の本当の意味がわかったような気になりました。
以下 私なりに解釈してみます。



《 変容する地球のリズムに意識を会わせ
体と大地を一体化させよう 》


基本的には、緑の深い地球の呼吸数であり、龍神との深い縁を持つところでした。 龍は水との縁が深いです。 また、人間の体内の70~80%は水分でできています。
結論から言いますと、この場所は「生まれ変われるところ」です。 
考え方一つで自分をいかなる人間にも変えることができるところ。そして他のものをも変える波動が身につくところだと思います。

たとえば、
目が悪ければ、目を治す。

第三の眼が欲しければ第三の眼を開かせる。

家内安全・商売繁盛などを願えば、それがかなってしまう。

自分の考え方が大自然の理に反し、悪ければそのことに気づかせる。

生まれ変わった心身の波動を出し続けていれば、周りの人々やものをも変えてしまう。
そして、良い結果として還ってくる。

などなどのことが、目の前に現れてくるのです。


だとすれば、現在の自分の考え方を変えて、生まれ変われば、幸運・幸福・健康などに具現化が容易におこなわれやすくなるということではないのか。
そして、そのことに気づいた盲目の女性の方々は「オナカマ」という特殊能力者に生まれ変わり、人々を救い、自分をも健康と幸福に導いたのだという結論です。

ならば、わたしたちも「現代版シャーマニズム」を修験できるはずです。 “月山神社”においでの月読命(スサノオさんとも言われている)さんの潜在能力的パワーと“岩谷十八夜観音堂”におられる十八夜正観音さんとオナカマさんたちや五大如来さんたちの潜在能力的パワーを授けていただき、苦しんでいる人々に希望をお与えし、大自然のリズムを壊すことなく「まんだらの念波」とともに使命をまっとう出来るのではないでしょうか。





中山町立
歴史民俗資料館



この資料館に重要有形民俗文化財 国指定 特別展示場があります。
そこには、町中央から約5km離れた山間の岩谷十八夜観音堂に納められていたトドサマ、イラタカの数珠、梓弓(アズサユミ)、算木(さんぎ)などの江戸中期から大正期に使用したとみられるオナカマの習俗資料をはじめ、奉納品の古鏡や絵馬、祈願札などの実物資料を中心に、さらに岩谷集落の歴史的背景や状況を写真と解説で紹介展示しています。

わが国には、古くから、庶民の依頼にこたえて神がかりし、神意を託宣する巫女がいました。東北地方や奄美・沖縄諸島は、巫女たちによる口寄せ・加持祈祷・ト占が最近まで幅広く行われてきた顕著な地域とされています。山形県村山地方は、こうした巫業が盛んだった典型的な地域の一つで、オナカマと呼ばれる巫女たちによる巫業を介して庶民信仰が濃厚に展開されていましたが、時代の推移に伴って絶滅に瀕しているのが現状です。
この庶民信仰資料は、オナカマや信者たちから篤く信奉されてきた岩谷十八夜観音をめぐる関係資料を体系的にとりまとめたもので、オナカマの巫業に関わるもの、信者から岩谷十八夜観音に奉納されたもの、および前二者に密接な関係にある関係資料を網羅する内容となっています。
オナカマたちが巫業の際に使用してきたものには、トドサマ(神おろしや託宣の際に使用)、アズサユミ(死霊をおろし口寄せするのに使う)、数珠(祈祷、ト占用)、剣(祈祷用)、巫竹・算木(ト占用)および外法箱(諸用具を収め巫業の実際に使う)が含まれています。これらのものは、使用者が亡くなると酒1升を添えて岩谷十八夜観音堂に納められたり、師匠から弟子に譲り渡されることもあって一様ではなかった。
トドサマは竹の棒を使ったものが多く、これに真綿をくくりつけたり、紅花染めの絹布を着せたり、またこれが全体的に着ぶくれしていることが地域的特色となっています。また、むくろじ(ムクロジ科の喬木)の実をつないで作られるイラタカの数珠には、獣(クマ、イノシシなど)の牙や骨・貝がら(たから貝など)・ひすい・古銭などをはさんでおり、いかにも呪術性に富むものといえます。
岩谷十八夜観音に奉納されたものには、この観音が巫女の守護神、眼病の神として信仰されてきたことから、巫業に使用されたもののほか、鏡・絵馬・祈願札などがあります。これらのうち、絵馬は、宝暦5年(1755)銘のものが最も古く、鏡を取りつけたものや眼病平癒を祈願する参詣図柄のものが多く含まれています。また、祈願札では、眼病平癒を具体的に明記するものが多いです。 ……
この資料は、岩谷十八夜観音をめぐる庶民信仰の実態と推移を即物的に理解する上で貴重であるばかりでなく、地域的特色のある巫女の信仰用具の集成であることでも重要です。



中山町文化財保護審議会による。

お問い合わせは
中山町立
歴史民俗資料館へ
どうぞ




金の産地と霊地信仰


岩谷奥の院付近から流れを発する石子沢(いしこざわ)は、岩谷への上り口柳沢とその南隣りにある金沢(かねさわ)というところとの中間から平坦地に出ます。
この金沢は、金の伝説をもつ集落です。
いまは、白山神社の北側一帯を「銅屋敷」と呼び、その地名だけが残っているが、昔は、銅屋敷と呼ばれるほどさかんな時代があったことがわかり、金や銅の採掘がかなり大規模におこなわれていたとのことです。
言い伝えによれば、「湯沢(ゆざわ)」というところに、銅の採掘跡がいまも残っているといいます。
そこは、石子沢をずうっと上っていったところで、金沢の銅屋敷と呼ばれる土地のちょうど裏側にあたっていて、川底から硫黄分(いおうぶん)を含んだ水が湧き出しています。昭和の初めまで、ここに鉱泉宿があったといいます。


日本全国に見られる多くの銅山は、その昔、砂金を採りつくして露出した岩盤を掘って開発されたといいますが、規模は小さくとも、おなじ方式の鉱山跡がここにもありました。



花瓶に水道の水を入れ、10円硬貨(銅)を入れて、切花を入れておくと、切花が長持ちするということを知っていましたか?
また、昔の医療道具に銅製品が活躍していたときがありましたし、民間でも家屋の屋根を銅ぶきにしている屋根がありました。いまでも、残っている地域もあります。
みなさんも、セトモノ又はガラスの容器に水道の水を入れ、その中に10円硬貨と純金(金は波動値が高い)のものを入れて、48時間後にその水を確認してみて下さい(飲む・洗顔・手を洗う・浴槽に入れて入浴など)。
きっと「驚きの水(魔法の水とも言っている方もおります)」に変化しているでしょう。






なんと!!
近くに
「タガマヤ村
座敷わらし」が
あります。



泊まると幸せになれる宿と言われている「タガマヤ村」

東北地方では座敷わらしは座敷や蔵に住む子供の姿をした神様と言われており、見た者は幸せになるそうです。 また、家に富をもたらす、立身出世するなどの言い伝えもあるそうです。




〔 ご自由にどうぞ 〕コーナーから
掲載させていただいております。






塩水で体内の遺伝子の傷をなくす

ローコスト
 &
ハイクオリティ養生法


あらゆる病気が癒え、若返る


すべての生物にとって、水はかけがえのないものです。
私が、ここ(大蕨)を選んだのもこの理由があったからなのです。

しかもこの“水”は、人工的に創られた“水”では、生物の遺伝子に変化を起こし、その乾いた過酷な状態で生き続けることはできません。
では、私たちの日常にあふれかえる清涼飲料水やコーヒー、アルコール飲料などの加工飲料は“水”の果たす役割を代わりを担(にな)えるでしょうか?
一般的に、人間の体が1日に必要とするのは2リットル分の「水分」だと言われ、その「水分」は純粋な水以外のものでもいいのだと認識されています。この誤解は全世界にあるようです。これが誤解だということが、多くの研究者の調査が証明しているのです。
最新の調査では人体が水不足の状態で生きていかなくてはならない状況に置かれ、知らず知らずのうちに生体が乾燥していたことが大小さまざまな病気の原因であり、死をもたらす元凶であることが明らかにされてきたそうです。
自分にとって大切な人が、1枚の枯葉のごとく散っていったとき、その死の一番の原因は体内が水不足ゆえに乾燥していることに気づかなかったことにあるのです。
医学が発達したとされる今日でさえ、私たちの人体についての知識は全体の1割にも満たないと言われています。
この乏しい知識をもとに、医学は病気に対するさまざまな治療法を考案してきたのだそうです。
しかし、病院に行って病気を本当に克服する人は数少ないと思います。

これは

「病気を治すのは医者ではなく、私たち自身がもつ
『免疫力と自然治癒力』だ」

と言われているのです。

ただし、この免疫力と治癒力を十分に発揮できるように、私たち自身が自分の体をサポートすることが必要なのです。
毎日を生き生きと健康に生きるためのカギは私たち自身が握っているのです。私たちの社会には「病気とは天から与えられた宿命だ」という認識が確かに存在しているようです。
しかし実際には病気の本当の原因が、私たち自身の体に対する認識不足と日頃の行動にあることを知ってほしいのです。
つまり病気の原因が自分自身にあることを知らなければならないのです。何を食べ、何を飲み、どう生きているのかを理解することが大切なのです。健康に生きることの唯一の方法は、体をいたわり、体が欲しているものを正しく摂取することです。病気にかかった途端に哀れな目で医者を見つめても救われることはないのです。

現代社会では日々新しい行動様式が生まれています。私たちは病気になった子供を病院に連れていき、“治療”という名目で、当然のように薬をもらいます。これは、やむを得ない状況下で発生した妥協的な行為です。今、こうした習慣は驚くほど日常に溶け込み、医者にさえ行かず直接薬局に行って薬を買うことも、ごく普通におこなわれています。 それでもある日、自分の手には負えないと思って医者に行く場合、もし仮に運があなたに味方をして、人体の乾燥についての知識を持っている医者に当たれば、「あなたの体は乾燥していますよ! 水を飲んでいないんじゃないですか?」と聞かれることになるでしょう。 しかし、そのアドバイスを3日後にはすっかり忘れてしまいます。なぜなら、私たちの周りには水以外の多くの飲み物が溢れているからなのです。





水の体における役割


1.
細胞液を構成する


(細胞液は75%が水です)といわれている。


2.
細胞間のすきまを埋める


細胞が浮かぶ細胞外液は95%が水でできています。塩分濃度は細胞液より薄く、なおこの濃度は一定ではないといわれている。


3.
血液細胞を運ぶ役割


血液の94%は水で構成されています。血液の循環は、酸素やその他の栄養分を体の隅々まで届けることや、細胞の代謝によって排出される老廃物を運ぶ働きを持っています。水の運搬機能は血液細胞のみならず、体のすべての運搬が水によって行われているといわれている。


4.
内臓や小器官における接着剤


細胞同士を結びつけ体の形成を補助しているといわれている。


5.
エネルギーの生産


体内を自由に巡り、何らの物質とも結びついていない水分子は、細胞膜から細胞内に入る際にエネルギーを放出します。特に脳や神経は、このエネルギーによって動いているようです。細胞が栄養素からエネルギーを得ることはよく知られていました。しかし実際には細胞はエネルギーを体内の水分子から得ているようです。


6.
浸透圧を生み出す


細胞におけるすべての物質交換は浸透圧の力によって行われているといわれています。浸透圧は細胞外液と細胞液の塩分濃度の違いによって発生するそうです。


7.
物質の加水分解


加水分解とは、ある物質が水と化学反応を起こして分解されることです。これこそまさに、食べ物を体に役立つ形に変える水の役割のようです。水が体内になければ、栄養素は細胞内に入ることさえできないのだそうです。


8.
毒素の排出


毒素を外に出すことができる物質は、ただ一つ、水なのです。






生命の源のエネルギーを呼び覚ます伝統の知恵
塩水療法


塩の選択は、天然の塩であり精製された塩は逆に人体に不要になります。

塩の種類

1.
海水を乾燥させることによって手に入れる
「海塩」

2.
世界の一部の地域で人間によって掘削される
「岩塩」または
「クリスタル岩塩」

3.
産業的に、海塩や岩塩を精製して創られる
「純塩化ナトリウム(食卓塩)」

これらの塩は生産方法の違いだけでなく、科学的・物理学的に大きく異なります。純塩化ナトリウムは科学的に塩との 関連性が認められる一方で、生命や人体の健康という観点からは、塩とはまったく関係のないものです。


飲料水を作ろう。

飲料水には水道水もありますが、エネルギーあふれる飲料水は次ページのように「ヒーリング波動水」のようなものもあります。
また、その他の作り方がありますので、お問い合わせください。






『ヒーリング波動水』をつくろう!!


エネルギー・ヒーリングには体から毒素を出す効果があると言われています。 たとえば、トリートメントを受けたあと、いつもよりトイレが近くなったり、よく汗をかいたり、おなかがゴロゴロ鳴ったり、ガスがよく出るようになったりすることがあります。しかし、心配しないでください。 もちろん、まわりに人がいれば少し恥ずかしいかもしれませんが、どれもごく自然なことばかりです。
エネルギーヒーリングには解毒作用がありますので、トリートメントの前後でたっぷりと水分を取っておくことがとても大切です。 いずれにしても、体を最適な状態に保つには、少なくとも1日グラスに8杯は水を飲んでください。
     


【特定の水】『エネルギー』を送り、
 水のクラスターを小さくしたのが
『ヒーリング波動水』です。

この『ヒーリング波動水』を飲んでエネルギーのトリートメントをしますと、


体内の毒素を溶かし体外へと排出してしまい、疲れを癒す働きがあります。



【ヒーリング波動水の作り方】


ペットボトルぐらいの大きさの容器に
《シューマン共鳴波(極低周波)》と書いた用紙を貼りつける。


トルマリン(黒)を容器に入れる(水を電気分解するため)。


医王石を容器に入れる(水のミネラル分を豊富にするため)。


最後に水道水を容器に入れる。


生命波動カード(大)を容器の下に敷く(最高で48時間待つ)。


48時間経過後に、この『ヒーリング波動水』を飲んだクライアントさんの体内をその水が駆け巡りながら体内の毒素をつぎつぎに溶かしていく様をイメージしながら、両手で容器を挟み約5~10分間エネルギーを送る。
そして、このエネルギーが波動水が消費されるまで消滅せずに続いていることをイメージする。






『ヒーリング波動水』をつくろう!!


生命と水の不思議

小さな塊の水ほど体によい

興味深いことに、世界各地の長寿村と呼ばれている地方で利用されている水はクラスターが小さい傾向にあります。クラスターが小さいほど体内への呼吸がよく理想的な水だといえます。実際口に含むとやわらかく感じ、スッと吸収されていくのがわかります。
また、体内への吸収がいいということは、体外への排出もいいということです。このことは、体の健康にとって非常に重要な意味を持ちます。

水は究極的には、どんなものでも溶かすことができます。
ですから、水は体の中に溜まっている有害な化学物質などの毒素も溶かし、その中に取り込んでいきます。
しかし、せっかく有害な毒素を溶かし込んでいてもクラスター(水分子の塊)が大きくては、体の外へ出ることは難しいのです。クラスターが小さいほど体外への排出もよく、体の中に溜まっている有害な毒素も効率よく排出されるということです。これこそが、長寿の秘密なのではないでしょうか。



クラスターが小さく体によい究極の「生命に調和した水」とは

クラスターが小さい

有害物質を含まない

ミネラル類のバランスがよい

硬度が高すぎない

酸素と二酸化炭素が十分溶け込んでいる

弱アルカリである

活性酸素消去能力が高い
(酸化還元電位が低い)

の七つの条件を満たす水です。人体の約七割は水です。その体内環境が改善されれば、健康になるのも当然かもしれません。
もう一つ、水の性質について非常に興味を引かれる現象があります。それは、水分子集団は「電場」「磁場」「遠赤外線」「金属イオン」「超音波」など

外部からのエネルギーを受けることで、千変万化するということです。

この原理を利用して、ただの水道水を『ヒーリング波動水』につくるのです。






病状の原因を取り除く
体の機能低下を正常化



症状を追わない療法

症状を追う施術は、目の前の痛みを和らげるだけのまやかしであって、根治とは程遠い施術だからです。
なぜなら、症状は結果であり、原因は体の機能低下なのです。
どのような症状にも対応できるようになるためには、症状を追いかけるのではなく、症状を引き起こしている原因を解消すべきであり、それには解剖学や生理学に沿った考え方が必要になります。
人間の体は、器官、部位、関節、筋肉、神経などそれぞれ全てが繋がり連動しており、すべてが正常に機能する事で1つの体として機能しています。
ですので、どこかの部位に症状があるからと部分的にみるのではなく、

症状とは体の機能低下の結果であると認識し、体全体の機能低下があるのかないのか
で見なければなりません。


あらゆる症状の原因は5つに特定できる

症状を引き起こす原因は主に5つしかありません。
その5つとは、


血液、リンパ、脳脊髄液など
体液循環不良


自律神経の乱れ


内臓機能低下


重心軸のズレ


左右対称性に機能できない体の歪み

といった5つの原因が複合的に影響し合い、さまざまな症状を引き起こしています。




このテクニックは根本的原因を改善する

脳脊髄液・自律神経・重心軸・骨格の歪み・内臓機能の低下を1度に矯正し、あらゆる症状の根本的原因を改善する「仙骨内臓テクニック」です。







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